論文タイトル |
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単著/共著 |
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対象歌番号 |
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歌作者データ |
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参考歌番号 |
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キーワード |
『古事記』序文,稗田阿礼,奉誄者,蘇我馬子,哭踊,堅塩姫,,軽の街,氏姓の本,当麻真人智徳,息長山田公,日継,宮廷の代表者,天武皇統 |
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論文要旨 |
柿本人麻呂の挽歌や、『古事記』の日継に大きな影響を与えている誄詞とその奏上者の関係について分析した論文。まず、記紀が成立する以前においては、日継の伝承に殯宮での奉誄が大きな役割を果たしていたことを述べている。その上で奉誄儀礼と、奉誄者の史的変遷をたどっている。敏達・推古朝においては、奉誄に所作がともない、その巧拙が競われたことを指摘している。そして、奉誄者も宮廷内の有力な皇子や大臣がそれを行なっていた時代から、有力者の奉誄を代行する者が現われてゆくと分析。天武殯宮で日継の奉誄を行なった当麻真人智徳は、宮廷を代表する立場であることを説いている。さらには、智徳が天武・持統・文武の三代にわたって、日継を奏上したのは、特定の語り手の権威者として独占的地位を与えることで、異伝・別伝の発生を防ぐものであったとしている。こういった状況が人麻呂登場前夜の日継の伝承のあり方であった、と結論付けている。なお、本論文は上野誠『古代日本の文芸空間−万葉と葬送儀礼』(雄山閣出版、1997・11・5)に所収されている。"
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