論文タイトル |
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論文サブタイトル |
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単著/共著 |
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論者名 |
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ふりがな |
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発行年月 |
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発表雑誌名 |
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特集タイトル |
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発行所 |
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発行番号 |
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掲載頁 |
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巻番号 |
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対象歌番号 |
230, 366, 546, 547, 548, 907, 908, 909, 910, 911, 912, 920, 921, 922, 935, 936, 937, 1789 |
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対象歌句番号 |
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歌作者データ |
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参考歌番号 |
207, 230, 366, 546, 547, 548, 907, 908, 909, 910, 911, 912, 920, 921, 922, 935, 936, 937, 1107, 1736, 1789, 2364, 2684, 3002, 3227, 3238, 3276 |
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キーワード |
笠金村,山部赤人,車持千年,柿本人麻呂,宮廷歌人,私情,従駕歌,宮廷 |
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論文要旨 |
笠金村については、従来赤人と対比的に論じられることが多かった。だが金村の歌には十分に当時の宮廷歌の本質が内包されていると指摘する。230番は志貴親王薨去の時の長歌であるが、そこには私的な挽歌の流れに根ざす表現が見られるとし、また養老七年、神亀五年の吉野従駕歌には人麻呂が詠んだような天皇を神とする表現、天皇讃美の表現は姿を消し、そこにも私情が相聞的、享楽的表現をもって詠み込まれるという。このことは神亀三年の印南野行幸時の従駕歌も同様である。だが、この私情は、金村の心情と解されるものではなく、当時、宮廷世界こそ享楽的生活を可能にする場であって、その中に身を置く金村は相聞的、享楽的表現に基づく行幸従駕歌を詠むことを求められたと論じる。"
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