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単著/共著 |
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論者名 |
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掲載頁 |
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巻番号 |
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対象歌番号 |
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対象歌句番号 |
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歌作者データ |
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参考歌番号 |
114, 116, 130, 538, 647, 748, 1343, 1038, 1197, 1507, 2439, 2455, 2535, 2621, 2712, 2768, 2886, 2895, 2938, 2983, 3078, 3198, 3114, 3380, 3515, 3535, 3767 |
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キーワード |
ユヱ,カラ,外なるもの,内なるもの,武田祐吉,玉箒,ゆらく,土橋寛,コトタシ,コト,イタシ,コチタシ,シゲシ,橋本四郎,集成本,多し,古今集序,源氏物語・総角,井上通泰,多,タキ,サダタキ,サダ,複合語後項,トシ,コトトシ |
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論文要旨 |
ユヱとカラは既存の事物を理由(原因)として示す時に用いられる語であるが、ユヱはそれが「外なるもの」である場合に用いられ、カラは「内なるもの」である場合に用いられるという使い分けがあることを確認し、例外に思われたカラの三例について個別に考察した。4493番歌では、玉箒に「ゆらく玉の緒」はなく、「ゆらく」のは自分の生命力と考えられた。3482番歌の或本歌ではコトタシという言葉が自らにとって煩わしいという意味であると考えられた。また2576番歌では結句の訓を再検討し、自分の感情を含ませうる「サダタキ」の訓を提案して、三例ともカラニの結果は原因を作ったものに及ぶもので、例外ではないことを述べた。"
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